大判例

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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)668号 判決

控訴人

株式会社茜屋

右代表者代表取締役

滝川悠記夫

右訴訟代理人弁護士

倉橋春雄

右訴訟復代理人弁護士

松井康浩

有賀功

津田玄児

被控訴人

特許庁長官佐橋滋

右指定代理人通商産業事務官

新倉隆

北川正

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人が昭和三六年五月二日付をもつてした、控訴人の同年四月二四日付登録第三四三、三六五号商標権の存続期間更新登録出願に対する不受理処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の主張並びに証拠の関係は、双方各代理人において新たに次の如く主張したほか、原判決の事実らん記載のとおりであるから(中略)ここにこれを引用する。

控訴代理人の主張

控訴人がした本件更新登録出願は新商標法二〇条三項の規定する期間内になされたものである。すなわち控訴人は、本件商標権を買い受けるや直ちは更新登録出願の時期を逸しないための用意措置として、専門家たる(省略)弁理士に「更新出願の時期が到来したら通知してくれるように」と頼んでおいた(この段階では単に(省略)弁理士が更新時期の到来を通知する義務を負つただけであつて、末だ出願についての代理を委任したものではなく、代理関係は生じていない。)。そしてこの依頼に基いて(省略)弁理士は、義務の履行に備えるべく備忘録に記帳するにあたり、当時は旧商法の施行時で更新登録出願の満了日の一年前であつたから、その始期を昭和三五年五月とすべきであつたのに、誤つて同年一〇月と記載した(中略))。それがその後の改正にかかる新商法二〇条二項所定の期間を逸するそもそもの原因となつて、すなわち同弁理士は右記載に基いて昭和三六年四月二四日当時なお右の期間内にあるものと信じ控訴人に更新登録出願の時期の到来を通知したので、ここに控訴人は同弁理士に委任状を交付して出願の代理を委任し、同日同代理人によつて出願した次第である。以上の事情で過誤は専ら通知の義務を負つた(省略)弁理士にあつたのであり、控訴人としては更新登録出願についての商標権者がなすべき用心と注意をした上で、昭和三六年四月二四日の直前に同弁理士の通知によつて始めてその出願時期なるを知つたのであるから、その時まで新商標法二〇条三項にいう、その責に帰することができない理由により同条二項所定期間内に出願できなかつた場合に該当し、従つて本件出願は右三項の期間内になされたものとして受理さるべきである。

被控訴代理人の主張

仮りに控訴人の右主張の如く、控訴人が本件商標権買受にあたり弁理士(省略)に更新登録出願の時期の到来の通知を依頼したものとしても、控訴人の第三者に対する右依頼の事実は控訴人側の内部関係にすぎず、この事実をもつて控訴人が充分注意をつくしたとはいえないばかりでなく、その依頼を受けた者による過失については、民法四一五条の債務不履行の規定の解釈として履行補助者の過失が債務者の過失と同視されるのと同じ考え方をこの場合にもあてはめ、控訴人に過失があつたというべきである。

理由

当裁判所も控訴人の本訴請求を失当と判断するものであり、その理由とするところも、次の通り附加する外は、原判決の理由の説示と同様であるから、これを引用する。

(一)、新商標法二〇条二項が商標の更新登録の出願期間を、存続期間の満了前六月から三月までの三ケ月間とし、同条三項が責に帰することができない理由によつて右期間内にその出願ができなかつた場合も、その理由がなくなつた日から十四日以内で、かつ存続期間の満了前一ケ月までの間である場合に限つてその出願ができるにすぎないものとしたことは、控訴人引用の諸外国の立法例等から見て、商標権者の保護がいささか薄いのではないかの感がないでもない。しかし、商標の機能から考えても、また同一または類似の商標の採択を考えている第三者の立場からしても(この第三者は新商標法四条一三号によつて、商標権消滅の日から一年を経過しない間は、原則として当該商標又はその類似商標についての登録を受け得ないのではあるが、当該商標の消滅か否かを注意しているこのような第三者の立場もあながち無視はできないであろう)、商標権の存続期間中にその更新登録の手続(許否の査定、更新の登録、商標公報への掲載等)を終ることが望ましいことであり、前記の新商標法二〇条二、三項は、この手続に要する期間を考慮の上、前記の要望に従うべく右のような規定となつたものと考えられる。しかも一方、前記の三ケ月或いは五ケ月の期間は、控訴人にいわせれば大多数の国民が守ることのできない残酷な期間というのではあるが、たとえ二〇年に一回一〇年に一回来るものであるにしても、一般的にいつて通常の注意を用いる商標権者にとなて、それほどの難事を強いられるものとは到底これを解することはできない。

結局、商標の更新登録に関する現行商標法所定の出願期間は、立法政策の問題としてはいささか短かきに失するの感がないではないにしても、この規定をもつて、控訴人主張のように憲法違反のものであり、無効のものであるとまでは、到底これを解し難い。

(二)、前段説示から明らかなように、右二〇条二項の規定は、更新登録の出願はその所定期間内になさるべきことを要請したものと解するのが相当であつて、関係者の意思によつてその適用を排除し、これと異なる措置をとることを容認した規定でないことはいうまでもなく、被控訴人としても右規定に従つて登録事務を執行すべき責務を負うものであることは明らかであつて、右の趣旨は右規定に続けて同条三項のいわゆる救済期間の規定が設けられている法の構成からも首肯されるのである。

(三)、仮りに控訴人と(省略)弁理士との関係が控訴人主張の如き関係であるとしても、控訴人主張の事実関係からすれば、控訴人は自ら、更新登録出願の時期を知る方法として弁理士を使用したというに帰するのであつて、このようにして使用せられた弁理士の過失(右弁理士が右同条二項による更新登録出願期間主張自体によつて明白である。)もまた控訴人の過失と同視すべきであり、結局控訴人はその過失によつて更新登録出願の期間の到来を知らず、またその期間を懈怠したものといわざるを得ない。従つて本件につき新商標法二〇条三項の適用ありとする控訴人の主張は採用することができない。

以上の通りであつて、本件不受理処分が違法であるとする控訴人の主張はすべて理由がないから、本訴請求はこれを棄却すべく、同趣旨に出た原判決は相当であつて本件控訴は理由なきに帰し、棄却を免れない。よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文の如く判決する。(裁判長裁判官山下朝一 裁判官多田貞治 古原勇雑)

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